開かれていて未完了な時間

社会人学生として、博士号を取るには、時間の管理がとても大事だということは言うまでもないことかもしれません。その理由として、日々忙しいからという時間管理の意味もありますが、人はテーマ自体に飽きるということもあるようです。確かにPJが複数動いていると、本当に1週間はあっという間。そう考えると、二つの理由はどちらもありそうです。

そうならないためには週1.5日を研究日にしたいですが、先輩たちの話を聴くと足りないかもしれません。量と質の境界線を探っていく4月になりそうです。

そのような中、出会ったベルクソン研究者・平井靖史さんの「現代に失われた『開かれた時間』を取り戻す」は、研究をしていく上で大切な時間に対する概念を捉え直す機会を与えてくれていると感じました。さらに、私の研究テーマを考える上でも、関連が強そうな印象です。

「開かれた時間」と「未完了相」が重要なキーワードだと思いました。

私は、「開かれた時間」は偶発的な出会いを歓迎する柔軟さを持った文字通り開かれた予定が決め切られていない時間と理解しました。「未完了相」は、意味において完了していないまだ意味的にも変化の最中にある時間のことだと理解しました。
開かれた時間であり、未完了相であるためには、「閉じた時間の予定」がないという予定をたてることが大事だと思いました。
時間の質を整えて、しっかり量も確保するということでしょうか。もしかしたら、「閉じた時間」と「閉じた時間」の両方をうまく使い分けることで、発想を生み出すことと、それをアウトプットすることを分けることもできるかもしれません。まずは試してみます。